当館で栽植している「トウシキミ」が、2000年にはじめて開花、結実した。 「トウシキミ」の果実は8個の袋果からなる集合果で、八角形のスター星形をしている。中華料理の香辛料として有名な「八角」の名称は、この果実の形に由来する。「八角」は、香辛料「五香粉」の一味にもなっている。五香粉は、中国料理に欠くことのできない重要な香辛料で、「八角」、「花椒」、「胡麻」、「桂皮」、および「陳皮」の5味からなっている。
「花椒(ホワジョウ)」は、中国各地に自生し、栽培されているミカン科植物「カホクザンショウ」(Zanthoxylum bungeanum)の果皮が使われる。カホクザンショウは、日本のサンショウと同属植物であるが、果実は、サンショウの果実よりも、粒が大きく果皮が赤い。果皮が完熟して赤みを帯びてくると、外皮が二つに割れ、中から種子がのぞく。この種子を除いて、果皮をスパイスとして利用する。花椒はサンショウに似た芳香と辛味があるが、花椒のほうが、強い香りや辛味がある。なお、英名では、”Chinese pepper”と呼ばれている。「八角」には、「ウイキョウ」や「アニス」によく似た芳香がある。このことから、「トウシキミ」は、「大茴香(ダイウイキョウ)」とか「八角茴香」あるいは「スターアニス(Star anise)」と呼ばれている。しかし、セリ科である「ウイキョウ」や「アニス」とは科を異にしており、植物学的な類縁性は全くない。
市販されている「八角茴香」(ハウス食品製造)の説明書には、次のように記されている。すなわち、八角茴香は、甘い香りを持つ東洋のスパイスです。豚肉や川魚の臭みを消すので、中国料理には、欠かせません。豚の角煮、魚の揚げ物、杏仁豆腐のシロップの香り着けなどに使います。香りが強いので、小片1~2片でよい、と。「八角」は、また、薬用にも使われる。胃腸の働きを活発にし、新陳代謝を高める効果があると言われている。駆風、胃弱、風邪、咳止めなどに使われる。駆風薬というのは、胃腸内にたまったガスを排出させ、ガスによる圧迫感を除く薬物のことをいう。おもに精油や辛味成分を含む生薬などが用いられる。芳香をもち,刺激性のある物質は,嗅覚と味覚を介して反射的に、または直接胃粘膜を刺激し、胃の分泌機能を促進したり、胃腸管の運動を亢進する。胃腸管の運動の亢進により,たまったガスは体外に排出される。
トウシキミの果実には、5~8%の精油が含まれている。この果実を水蒸気蒸留して得られる精油は、「大茴香油」と呼ばれる。アニス実風の調味料として飲み物やリキュールに入れられる。また、香水やポプリに独特なアクセントをつけるのに使われたりしている。「大茴香油」の主成分は、「アネトール」(Anethole)である。その80~90%までが、この成分で占められている。アネトールは、また、「ウイキョウ」や「アニス」の精油の主成分でもある。トウシキミの果実に、ウイキョウやアニスによく似た芳香があるのは、このことが原因である。
「トウシキミ」の学名 “Illicium”には、「誘惑する」、”verum”のには「本物の」という意味がある。この植物のもつよい匂いから命名されたものである。「トウシキミ」と同属の「シキミ(樒)」は、日本では仏事に使われるので、なじみ深い。その果実は、トウシキミの果実と区別がつかないほどよく似ている。香りも、アネトールに起因する甘い芳香で、区別がつかない。従って、「八角」として利用できるのではないかと錯覚してしまいそうになる。しかし、シキミの果実は、トウシキミと異なり、有毒で食べられない。誤って食べると、嘔吐、下痢、呼吸障害、循環器障害などの中毒症状を起こし、血圧上昇、昏睡状態で、死に至ると文献に記載されている。
「シキミ」という和名は、初め、果実が有毒であることから、「悪しき実」と呼ばれていた。それが転化して「アシキミ」→「シキミ」と呼ばれるようになったといわれている。シキミの果実や葉には、「アニサチン(Anisatin)」など数種の有毒成分が含まれている。中国でも”Mad herb”と呼ばれているそうである。アニサチンは、呼吸興奮、血圧上昇、けいれん作用などを引き起こす。<
「トウシキミ」は中国南部からベトナム北部に分布する。しかし、日本では見られない。一方「シキミ」は日本に広く分布し、また古くから利用されてきた。このように日本人にとって、なじみ深い植物である。英名で、”Japanese star anise” と呼ばれるのも、この故と思われる。「シキミ」の学名には、リンネがつけたものと、シーボルトがつけたものがある。シーボルト命名の “Illicium religiosum Sieb. et Zucc.”の”religiosum”には「宗教的な」という意味がある。 シーボルトは、日本に滞在中、この植物が仏事と縁が深いことを知り、このように命名したのではないかと思われる。一方、リンネが命名した “Illicium anisatum L. “は、「アニスに似た香り」からつけられたものである。リンネが日本でどのような使われ方をしていたか知らなっかたから当然といえる。
Eijkmanは、1885年シキミの果実から芳香族アミノ酸の前駆物質として重要な「シキミ酸(Shikimic acid)」を発見した。この成分名に、この植物の和名「シキミ」を用いて命名したことは、非常に興味深いことである。「シキミ酸」は、シキミの果実中に風乾量の約25%、葉には生重の約0.5%含まれている。シキミ酸は、また、タンニンの主要成分である没食子酸の前駆体でもある。
(「プランタ」研成社発行より)