今から約10年程前、化粧品会社の香料を研究している人から、この植物を当館で栽植しているかどうかについての問い合わせがあった。開花し始めたら教えてほしいとのことである。しばらくして、開花し始めたので連絡すると、わざわざ東京から京都まで、その花の香りを調べるために来られた。そして、いくつかの花を採取し、それらを、大切そうに持ち帰って行かれた。それまで、この花が、研究の対象になるほどよい香りを放っていることに気づかなかった。あらためて、その香りをにおってみると、なんともいえないよい香りを放っていた。
この植物は中国名で「九里香」と呼ばれている。その花の芳香が九里四方にも及ぶことからこの名前がつけられたのだと思う。「中国有用植物図鑑」(廣川書店)では、この植物のことを「千里香」と記載されている。千里の距離にまで、その芳香がおよぶかどうかは別として、この花のよい香りが遠くまで漂ってくる様子を表現してつけられた名前だと思う。英名では”Orange jasmine”、あるいは”Orange jessamine(=jasmine)”と呼ばれている。「ミカン」の花に似た「ジャスミン」(マツリカ「茉莉花」)のような香りがするところから、この名がつけられたのではないかと思われる。
「ゲッキツ」は熱帯アジアに分布する常緑小低木である。樹皮は薄く灰白色で、縦に薄くはげる。葉は、互生の奇数羽状複葉で小葉は革質全縁で表面は深緑色で光沢ある。花は、夏に腋生か頂生の集散花序につき、白色で、強い芳香がある。インド、ビルマ、マレーシア、中国南部、フィリビン、台湾、沖縄諸島などに分布する。小葉は、卵形で長さ3~5cmで、ほとんど無柄である。花弁は長さ1.2cmで、原産地では、花は、6~9月に開花する。液果は、卵形で長さ10~12mmで、赤く熟する。
常緑の枝葉がよく茂り、また花に芳香があるので、熱帯では、庭木や生垣用に栽培される。性質は強健だが、耐寒性は弱い。日光がよく当たるところではよく開花する。
この樹の材は、きわめて硬く、緻密で絹状の光沢がある。この材を、彫刻や、ステッキ、刃物や農具の柄、文鎮、印鑑、版木、櫛などに用いる。
この植物は英名で、”Satinwood”とも呼ばれている。本来の”Satinwood”は、同じミカン科の「インドシュスボク」(Chloroxylon swietenia)を指す。
インドシュスボクはインドからセイロンに分布する高木で、その心材は、新鮮なものでは、やや芳香があり、淡黄色から淡黄褐色の緻密で重厚(気乾比重0.98)なものである。その材は繻子(シュス)のような光沢があって美しく、家具や、細工物、装飾品用材として、利用されている。この材の繻子(英語で”Satin”)のような光沢から、この植物のことを、 “Satinwood tree” と呼ばれている。
このことから「ゲッキツ」の材も、この「インドシュスボク」と同じような性質をもつことがうかがえる。
ジャワでは葉をカレー料理の香味料として用いる。「ゲッキツ」と同属の種の「オオバゲッキツ」(Murraya koenigii)は、英名で、”Curry-leaf tree”と呼ばれたり “Curry bush”と呼ばれている。そしてこの名のとおり、その葉がカレーの芳香付けに使われる。「ゲッキツ」の葉も、「オオバゲッキツ」の葉と同様の使い方がされるようだ。
この植物の樹皮や根は、粉末にして、オシロイにし化粧用に用いられる。この植物は英名で”Cosmetic-bark tree”とも呼ばれる。これは、このような用途から名づけられたものと思われる。
最近の研究で、この樹皮中に紫外線を防御する作用をもつ成分が含まれていることが見出された。現在では、紫外線をカットする化粧品のニーズが非常に高い。「ゲッキツ」の樹皮に、このような作用があることを経験的に知って使われていたとすれば、驚くべきことである。
「ゲッキツ」の赤熟した果実はミカン、の香りがあり、そのままで生食したり、ジャムにして食べたりする。
この植物の葉の煎汁は、条虫の駆除に用いられる。中国では、枝葉を乾燥したものを、生薬「九里香」と呼ばれ、根を乾燥したものを「九里香根」と呼ばれて、民間治療薬に用いられている。鎮痛作用や解毒作用があり腫脹を治す働きがあるということです。また血液の循環をよくし、元気を回復させる効果もある、とのことです。
(「プランタ」研成社発行より)