植物の話あれこれ 49
有毒植物 「カロライナジャスミン」
(註:分類は掲載当時(2001年)のものです。現在はマチン科に近縁のゲルセミウム科に分類されます)
この植物は、英名で”Yellow Jasmine”とか”Carolina Jasmine”、などと呼ばれている。このことからモクセイ科ソケイ属植物「ジャスミン(Jasmine)」の仲間と思っている人もいる。しかし、実際にはモクセイ科ではなく、有毒植物が多く含まれているリンドウ科やキョウチクトウ科などに近縁の「マチン科」に属する植物である。花の香りが「ジャスミン」に似ているので、このような名称で呼ばれるようになったのだと思う。
学名(属名)”Gelsemium”は、イタリア語で「ジャスミン」を意味する”Gelsomino”に由来する。やはり、花が「ジャスミン」に似た芳香を放つことに因んで名づけられたのであろう。「カロライナジャスミン」は、北米南部~グアテマラ原産の常緑のつる性低木である。学名(種小名)の “sempervirens”は、”evergreen”すなわち「常緑」を意味する。
つる状の茎は、よく伸び、ほかのものにまきついて上り、また地を這って遠くまで伸びる。春、比較的長い期間、鮮黄色の美しいラッパ状の花を多数着ける。そして、周囲に芳しい香りを漂わせる。このため、観賞用にフェンスに絡ませたり、ポールに仕立てたりして広く栽培されている。常緑で、耐寒性もかなり強い。このことも観賞用植物としてよく用いられる理由の一つである。しかし、この植物が、強い毒性を示す成分を多く含む有毒植物であることは、意外に知られていない。
「カロライナジャスミン」は全草が有毒で、目まいや、呼吸機能の低下などの中毒症状を呈し死に至ることもある。その毒性は、セリ科の「ドクニンジン」”Conium maculatum”よりも、ずっと強いといわれている。
「ドクニンジン」には、有毒成分として「コニイン(Coniine)」などの「ピペリジンアルカロイド(Piperidine alkaloids)」が含まれている。イギリスでは、この植物を”Hemlock”と呼んでいる。古代ギリシャでは、未熟な果実を処刑に使われていたことで知られている。また、ソクラテスは、この毒を飲んで死んだと言い伝えられている。しかし、一説によると「ドクゼリ」”Cicuta virosa”の毒であったともいわれている。「ドクゼリ」は、猛毒植物として有名である。その全草、特に根茎に「シクトキシン(Cicutoxin)」と呼ばれる有毒成分が含まれている。誤って食べると強い痙攣を起こし、脈拍が増加し、呼吸困難になり、一命をおとすことになることもある。その毒性は、「ドクニンジン」よりも強いといわれている。
「カロライナジャスミン」には有毒成分として、 “Gelsemicine”、”Gelsemine”、”Sempervirine”などのインドールアルカロイド(Indole alkaloids)が含まれている。これらのアルカロイドは、根や根茎に特に多く含まれている。
「ゲルセミシン(Gelsemicine)」は、この植物の主要な有毒成分と考えられている。少量で呼吸器系を刺激し、多量になると呼吸麻痺を引き起こす。また、中枢神経刺激作用を示すことも知られている。「ゲルセミン(Gelsemine)」は、「ゲルセミシン」に混在して含まれている強い有毒成分である。この成分も中枢神経刺激作用を示す。「センペルビリン(Sempervirine)」も、強い毒性を示す。また、抗ガン作用を示すことも知られている。その他「スコポレチン(Scopoletin)」や”12β-Hydrooxypregna-4,16-dione-3,20-dione”なども含まれている。「スコポレチン」は、「ベラドンナ」”Atropa belladonna”などに含まれている成分としてよく知られている。この成分は、血圧を下げる作用や、痙攣を抑制する作用をもつ。
「カロライナジャスミン」は、ごく少量でも有毒であることから、現在では、薬用としては、ほとんど用いられない。しかし、以前は、この植物の根茎および根を「ゲルセミウム根」と呼ばれ、これを薬用に用いられていた。
19世紀はじめ、熱病にかかったミシシッピーの植民者が、偶然この植物でつくったお茶を飲んだことから、その薬効が知られたといわれている。その後、種々の試験が行われ、その薬効が確かめられ「アメリカ薬局方」(U.S.Pharmocopoeia)や「イギリス医薬品集」(British Pharmaceutical Codex)などに収載された。そして、ごく最近まで、扁頭痛治療用の種々の処方に配合して用いられていたとのことである。 「ゲルセミウム根」は中枢神経や心機能に強い作用のあることが知られており、頭痛、神経痛、喘息、リウマチなどに用いられていた。
「カロライナジャスミン」と同属の植物に「コマントウ(胡蔓藤)」”ヤカツGelsemium elegans”があるが、これは中国南部に分布している。「神農本草経」に、ヤカツ(冶葛)、コウフン(鉤吻)などという名前で記載されている。カロライナジャスミンと同様なアルカロイドを含み、elegans(優美な)という名前に反して猛毒で、毒殺に用いられたという。現在では神経痛、リウマチや打ち身などに外用されるだけである。日本には奈良時代に唐からコマントウ胡蔓藤の根が「ヤカツ(冶葛)」の名で渡来し、奈良の正倉院には冶葛の現物とその専用容器の冶葛壺が残っている。
カロライナジャスミンや胡蔓藤の属するマチン科の植物には有毒なものが多い。科の名前になっているマチン Strychnos nux-vomicaはインド以東の東南アジアに分布しているが、ストリキニン、ブルシンなどの有毒なアルカロイドを含んでおり、かつては矢毒の原料にされた。
インドではマチンの種子や樹皮を熱病や消化不良の治療薬として用いていたが、中国へは明代にその知識が伝わり、李時珍の「本草綱目」にはその種子を乾燥したものを「マチンシ(馬錢子)」として収載されている。その形状が馬の連錢の紋型に似ていることから、李時珍が「馬錢」と名づけたといわれる。和名のマチンはこれにもとづいていると思われる。
現在では、その苦味成分であるアルカロイドが腸粘膜を刺激し、蠕動を促すことから、エキス(ホミカエキス、ホミカチンキなど)のかたちで、苦味健胃薬として用いられている。
(「プランタ」研成社発行より)