イヌノフグリは小型の越年草です。ヨーロッパ原産と推定され、北半球の温帯~暖帯に広く分布する帰化植物です。直径2mmくらいの小さな花ながら、淡いピンクに紅紫色の筋が入って可愛らしいものです。ヨーロッパに見られる基準種のV. politaは花がやや大型で、花冠裂片が青白色です。このため変種「lilacina(花がライラック色の)」とされます。一方ユーラシア産の変異の範囲内だとして基準種に含める見解(『改定新版 日本の野生植物』など)もあります。かつては日本のどこでも見られたらしいのですが、後からやって来たオオイヌノフグリ(ヨーロッパ原産)に駆逐されて大変珍しい植物となってしまいました。環境省のレッドリストでは絶滅危惧II類(VU)に指定されています。
イヌノフグリは漢字で書くと「犬の陰嚢」で、果実の形に因み牧野富太郎が命名したものです。確かに、オオイヌノフグリの果実と比べるとイヌノフグリの果実はまるまるとしていて、名前の通りに思えます。
イヌノフグリやクワガタソウなどのクワガタソウ属Veronicaは筆者のような古い植物愛好家にとってはゴマノハグサ科と認識されますが、分子系統解析の結果から最新のAPG分類体系(II以降)ではゴマノハグサ科から分かれてオオバコ科に含められました。鉢花にもなるベロニカと公園の片隅などで踏まれる地味な花のオオバコが同じ科だというのは、にわかに信じがたいものです。ただ前述『改定新版 日本の野生植物』でも「…新しいオオバコ科の形態的まとまりはまだ十分に把握されていない。」ということですので、分類の専門家にとっても遺伝的な類縁関係と形態的な類似性を統合するのは難しい問題であるようです。