BOTANICAL

植物紹介
植物紹介

ロウバイ(ロウバイ科)

Chimonanthus praecox (L.) Link

ロウバイ


植物の話あれこれ 45
春の到来を告げる花「ロウバイ」

毎年、1~2月頃、当館の門に、一歩足を踏み入れると、甘い芳香が漂ってくる。門の近くに植えられている「ロウバイ」の花から放たれている香りである。この花の香りが漂ってくると、暖かい春の到来が近いことを感じる。

「ロウバイ」は、中国原産の高さ2~4mの落葉低木である。幹は、地ぎわから分枝して株状になる。早春のまだ寒さの厳しい頃、他の花に先立って、蜜蝋に似た黄色のかわいい花を、葉の出る前の枝に多数つける。この植物は、英名で、”Winter sweet”と呼ばれている。寒い冬に、甘くて芳しい香りを一面に漂わせることに因んで、名づけられたのだと思う。学名(属名)”Chimonanthus” も、ギリシャ語の”cheimon”「冬」と”anthos”「花」に由来する。「冬(早春)の花」といった意味であろうか。種小名の”praecox”には、「早期の」「早熟の」「早咲きの」といった意味がある。「春に先駆けて咲く花」を象徴して命名されたのであろう。和名「ロウバイ」は、中国名「蝋梅」の音読みであるが、「蝋梅」という名は、花の色や光沢が蜜蝋を連想させ、花が駐細工を思わせることに由来するといわれている。また、臘月(陰暦の12月)に、ウメに似た香りの花をつけることから、このように呼ばれるようになったという説もある。

「ロウバイ」の花には、多数の花被片がある。これらの花被片のうち、外側のものは、大形で黄色であるが、内花被片は、小形で暗紫色である。しかし、「ソシンロウバイ」(素心蝋梅) “C. praecox f. concolor Makino” は、「ロウバイ」と異なり、内花被片の色も、外側の花被と同じ黄色である。”concolor”は、「同色の」という意味である。

「トウロウバイ」(唐蝋梅)”C. praecox var. grandiflorus (Lindl.) Makino”と呼ばれる「ロウバイ」よりもやや花の大きい種もある。”grandiflorus”は、「大きい花の」という意味である。花のつぼみは、生薬「蝋梅花」と呼ばれ、鎮咳、解熱、鎮痛薬として風邪や喉の痛みに用いられる。1月中旬頃、開花前の花蕾を採集し、通風のよいところで陰干ししたものが使われる。「蝋梅花」は、また、これをゴマ油に漬け、火傷(やけど)の手当などに使う。この植物の種子には、強い毒性を示す「カリカンチン(Calycanthine)」と呼ばれるアルカロイドが含まれている。「カリカンチン」は、哺乳動物に対し、ストリキニーネ様の作用を示す。すなわちウサギ摘出腸管、子宮に対して、強い興奮作用を示す。また、麻酔ネコ、イヌに対し、心拍抑制による血圧降下作用が認められる。致死量は、静脈注射で、マウスに対し44mg/kg ラットに対し17mg/kgである。

「ストリキニーネ(Strychnine)」は、「マチン」と呼ばれる樹木の種子に含まれているアルカロイドである。この成分は、脊髄の反射機能を亢進し、硬直性の痙攣を起こす。また、延髄の血管および呼吸中枢に対して興奮作用を示す。「マチン」”Strychnos nux-vomica L.”は、東南アジアからオーストラリア北部にかけて分布するマチン科の高木である。この植物の種子を乾燥したものは、「ホミカ(Nux vomica)」と呼ばれる。生薬名は、「馬銭(まちん)」である。種子は径2cmほどの円盤状で、その中に、2~3%のアルカロイドが含まれている。そのうちの50%が硬直性痙攣毒のストリキニーネである。「ホミカ」は、ホミカエキスとして、胃腸の機能不全などに、苦味健胃薬として用いられる。また、神経興奮薬として用いられる硝酸ストリキニーネの製造原料に用いられる。「(-)-キモナンチン(Chimonanthine)」というアルカロイドが、「ロウバイ」の葉に含まれている。このアルカロイドは、(+)-体のものがコロンビアの有毒性ダーツカエル(Colimbian poison-dart frog)の防御用分泌物(Defensive secretion)に含有している。このことから、ロウバイの葉に含まれている「(-)-キモナンチン」も、有毒性ではないかと思われる。

「ロウバイ」の甘い芳香は、花に含まれている各種の精油成分によるものである。これらの成分が、うまくブレンドされて、よい香りを放っているのだと思う。「ロウバイ」の花の中には、「ボルネオール(Borneol)」「リナロール(Linalool)」「カンファー(Camphor)」「ファルネゾール(Farnesol)」「シネオール(Cineole)」などの精油成分が含まれている。「ボルネオール」は、「龍脳」とか、「ボルネオ樟脳」と呼ばれ、ローズマリーや、ラベンダーなどにも含まれている。コショウ様の佳い香りとハッカに似た味がある。「リナロール」は、スズランの花の香りのする成分である。ベルガモットの果実から得られる「ベルガモット油」や「ラベンダー油」などにもエステルとして含まれている。「カンファー」は、「樟脳」と呼ばれている。クスノキ科植物に広く存在するが、シソ科植物にも、これを含むものが多い。特有の香りと味がある。防虫剤としてよく知られている。「ファルネゾール」は、マメ科植物「キンゴウカン」”Acacia farnesiana”の花の精油成分である。シトロネラ油、ローズ油、ネロリ油などにも精油成分として含まれている。キンゴウカンの花は、香水の原料に用いられる。「シネオール」は、カンファーのにおいのする成分で、ユーカリ油、カユプテ油などの主成分として含まれている。これらの成分をどのようにブレンドして、あのように心地よい香りを漂わせることができるのであろうか?
「ロウバイ」の花や香りにまつわる和歌や俳句が、多くうたわれている。すなわち、
「蝋梅や薄雪庭を刷きのこす」 水原秋桜子
「蝋梅の香の一歩づつありそめし」 稲畑汀子
「しらじらと障子を透す冬の日や部屋に人なく駐梅の花」 窪田空穂
などである。

ロウバイの淡い黄色の可憐な花や甘い馥郁(ふくいく)とした香りは、私たちの日々の生活に、「ゆとり」と「やすらぎ」を与えてくれる。ロウバイの花言葉は、「慈愛」である。この花は、人に愛惜しむ(いとおしむ)思いを感じさせてくれる。

「ロウバイ」とともによく知られている植物に「クロバナロウバイ」がある。両者は同じロウバイ科植物であるが、属の異なる植物である。「ロウバイ」は、ロウバイ属(Chimonanthus属)植物で、中国原産であるが、「クロバナロウバイ」は、クロバナロウバイ属(Calycanthus属)植物で、北アメリカ南東部の原産である。

「クロバナロウバイ」”Calycanthus floridus L.”は、高さ2~3mの落葉低木で、花は、「ロウバイ」と異なり、4~6月頃に咲く。花木として庭園に栽植されたり、また、切り花としても利用される。花は、前年枝の葉腋(ようえき)から生じる新枝につき、花の大きさは径4~6cmほどである。花の色は、名前のように暗紅紫色である。新枝や葉柄は、有毛で、葉の裏面にも短い軟毛が密生している。花には、イチゴのような香りの強い芳香がある。このため、別名「ニオイロウバイ」とも呼ばれる。また、英名で”Strawberry shrub”とか、”Pineapple shrub”と呼ばれているのは、このためである。この植物は、英名で”Carolina allspice”とも呼ばれている。樹皮にも芳香があり、インディアンは、これを香辛料として使用していた。この英名は、このことに由来する。この植物の種子にも、「ロウバイ」と同様に、強い毒性のアルカロイド「カリカンチン」が含まれている。アメリカのテネシー州では、この植物の果実を食べた羊や家畜に中毒が発生したと記録されている。

クロバナロウバイ属植物の花は、萼片が花弁と同じ色に彩色されているため、花弁と萼片の区別が困難である。学名(属名)”Calycanthus”は、ギリシャ語の”kalyx”(萼)と”anthos”(花)からなる。萼片が花弁のように見えることに因んで、このように名づけられた。クロバナロウバイ属植物は、北アメリカ特産の植物で、5種ほどが知られている。「クロバナロウバイ」のほか、「アメリカロウバイ」”C. floridus L. var. glaucus (Willd.) Torr. et A.Gray”もその1種である。「アメリカロウバイ」は、「クロバナロウバイ」と似ているが、花が赤褐色であること、芳香がほとんどなく、葉の裏が無毛であることが、「クロバナロウバイ」と異なる。

(「プランタ」研成社発行より)
クロバナロウバイ
アメリカロウバイ