ギリシア時代の哲学者プラトンが、その師であるソクラテスの死刑が確定した後の最期の模様をつぶさに記した著作に「パイドン」があります。その中で、ソクラテスが毒杯を仰いでのち、下肢の末端から麻痺が始まり、徐々に麻痺が上半身に及び、ついには呼吸が止まってしまう様がありありと描かれています。
このソクラテスの処刑のために毒として使われた植物がドクニンジン(C.maculatum)であったといわれています。
ドクニンジンは、セリ科の二年生草本で、草丈は1.5mから2mにもなり、茎は太くて中空、上の方は分枝して広がります。根はかなり太くなって円錐形になります。葉は2~3回の羽状複葉で、小葉は卵状披針形で、それがまた羽状に細かく裂けています。植物全体に光沢があって、葉柄や茎に紫赤色の斑点があるのが特徴です。初夏に写真のような複散形花序を出し、白色の3mmほどの五弁の小花をたくさんつけます。
全草に、コニイン、コンヒドリン、N-メチルコニインやγ-コニセインなどの毒性の強いアルカロイドを含み、はじめは中枢神経興奮作用を示しますが、後に抑制し、運動神経抹消を麻痺させついには呼吸筋が麻痺して死に至る毒物です。
ドクニンジンは、ヨーロッパでは古くは鎮静薬や鎮痛薬として使用されたこともありますが、毒性が強くて現在では使われません。因みにディオスコリデスの薬物誌には、ドクニンジンを”Koneion”と呼んで、鎮痛薬や、ヘルペスや丹毒の外用薬として記載されています。
ドクニンジンの原産地はヨーロッパですが、中国、北アフリカ、北アメリカなどにも帰化しており、日本でもヨーロッパと気候の似る北海道の山野に帰化が見られ、日本各地に広がりつつあるようです。
北海道では、山菜として食用とされる同じセリ科のシャク(Anthriscus sylvestris)の形態がドクニンジンとよく似ており、誤食して中毒事故が起こった例も知られています。ドクニンジンには上記のように紫赤色の斑点がありますが、シャクにはありません。またドクニンジンには全草に不快な臭気があり区別は可能ですが、怪しい場合は食べないにこしたことはないようです。