アクイラリア・クラッスナはタイ北部~ベトナムに分布する高木です。日本ではシャムジンコウとも呼ばれます。外見の特徴が乏しい木で、筆者が初めてこの植物を見た時は、観葉植物のベンジャミンゴム(Ficus benjamina L.)に似ていると思いました。
アクイラリア・クラッスナの幹は淡褐色で、葉は長さ10cmくらいのやや大きな披針形で互生し、葉裏と縁には疎らな軟毛が見られます。葉の縁はゆるやかに波打ちます。樹皮や葉の繊維は強靱で、折ったりちぎったりするのに難しく、切れ味の良い鋏でないと剪定できません。
アクイラリア・クラッスナの花は葉腋に着きます。花は全体が毛に覆われ、直径は1cmくらいで5枚の花被片は萼に当たります。その内側のリング状の部分が花弁のようです。雄しべは10個、雌しべは1個です。当資料館では結実したことはありませんが、果実は直径3~4cmの球形となり2室に分かれ、中に2つの種子が入ります。
アクイラリア・クラッスナはシャムジンコウの名の通り、香木の「沈香」の原料の一つです。「沈香」は主にマレー地域に産するジンコウ(Aquilaria agallocha (Lour.) Roxb. = Aquilaria malaccensis Lam.)およびその同属植物の樹脂が沈着したものです。日本薬局方外生薬規格2012では、「本品はAquilaria agallocha Roxburgh,Aquilaria crasna Pierre,Aquilaria malaccensis Lamarck,Aquilaria sinensis Gilg 又はAquilaria filaria Merrill (Thymelaeaceae) の材,特にその辺材の材質中に黒色の樹脂が沈着したものである.」と規定されています。天然のジンコウ属植物は貴重なため、アクイラリア・クラッスナはプランテーション栽培されています。しかし健全な植物では樹脂の沈着は起こらないので、幹へ傷をつけたりして人工的に沈着を促します。当資料館でも駄目で元々と遊び半分で、幹にドリルで穴を開けたことがあります。ただ後に香料関係の方から聞いたところでは穴を開けるだけでなく、さらに微生物の介在も必要とするそうです。沈香はお香として楽しむほかに、漢方薬として降気、止痛、止嘔などに用いられます。