この植物を生食すると「七色の夢を見る」と言われている。強い幻覚作用を示すアルカロイド「メスカリン(Mescaline)が含まれているからである。
当館に入って間もない頃、上司からこの話を聞き、強い興味を抱いた。しかし生育が遅いことを知り、早速、この植物の組織培養研究に取り組んだ。組織の増殖は、速くなったが、目的の「メスカリン」を生成させることには成功しなかった。そして「みんなに七色の夢を見ていただく」という夢が破れた。こんな若いときの苦い思い出が、今、懐かしく偲ばれる。
この植物は、アメリカのテキサス州南部からメキシコの東シエラ・マドレ山脈一帯に自生している。現地では「ペヨーテ(Peyote,Peyotel)」と呼ばれている。「ペヨーテ」という語は、ナワトル(Nahuatl)語「ペヨトル(Peyotl)」から派生した言葉と言われている。英名では、”Peyote”と呼ばれるほかに、”Dumpling cactus”(ゆで団子サボテン)とも呼ばれている。これは、このサボテンの特徴である「刺が全くない」ことを表して名づけられたものと思う。すなわち、刺のない丸い茎幹がいくつか寄せ集まった姿が「ゆで団子」のように見えることから、このように名づけられたのだと思う。
「ペヨーテ」は、もともとは、メキシコの原住民ウイチョル(Huichol)族や、アステカ(Azteca)族などが、16世紀中ごろから宗教儀式や医療、占いなどに用いたことに始まる。その後、18世紀に入るとアパッチ族に拡がり、彼らからアメリカ各地のインディアンに伝えられた。現在も、メキシコ中西部のハリスコ州からナヤリット州の山岳地帯に住む先住民に愛用されている。
メキシコやアメリカ南西部のインディアンたちは、神の実在を体験したり、神と交信するために、ペヨーテを用いてきた。1890年、H. Ellisと、W. Mitchellが、このペヨーテの幻覚作用について研究を始めた。その後、1896年ベルリン大学薬理学教授 Arthur Hefter(1860‐1925)と向精神薬研究の第一人者Louis Lewin(1850‐1929)が有効成分のメスカリンを発見した。彼らは1897年に、その結晶を服用したが,変転きわまりない極彩色の幾何学模様や景色の幻視や、時間感覚のゆがみなどが起きることを確かめた。
「ウバタマ」の茎幹は、扁球形で、径は5~10cm、高さは3~6cmで、肥大した乳房状のいぼがある。刺座には、上述のように全く刺がない。肌は、やや白みを帯びた青緑色で、低い5~13個の稜がある。頂部には、葉の変形した黄白色の毛が群生している。学名(属名)”Lophophora”は、ギリシャ語”lophos”(とさか)と”phoreo”(着ける)に由来し、いぼの先に生じる綿毛に因んで名づけられたようである。茎幹は、はじめ単幹であるが、後に5~6頭に群生する。花期は、春~夏で、茎の頂に白色~淡桃色の花を着ける。薬用や儀礼用に用いるのは、茎頂部で、この部分を”Mescal bottons”と呼ばれている。この茎頂部を輪切りにして日干しする。これを保管し、必要時に使う。
“Mescal bottons”には、「メスカリン」だけでなく「N-メチルメスカリン」(N-Metylmescarine)や「ロホホリン」(Lophophorine)、「ペロチン」(Pellotine)などが含まれている。その他、「ドパミン」(Dopamine)や「チラミン」(Tyramine)も含まれている。「N-メチルメスカリン」は、メスカリンと同様に、幻覚作用を示す。「ロホホリン」は、呼吸を亢進したり、けいれんを引き起こす作用がある。「ドパミン」は、交感神経を刺激したり、心拍出量を高めたりする働きがある。また、「チラミン」も交感神経を刺激する作用を示す。ペヨーテは、これらの作用がブレンドされて、独特の神秘体験をもたらすものと思われる。ペヨーテは、薬用にも使われる。不眠症や、神経衰弱、ヒステリー、リウマチ、心臓病などに利用される。
(「プランタ」研成社発行より)