BOTANICAL

植物紹介
植物紹介

エベヌス・クレティカ(マメ科)

Ebenus cretica L.

エベヌス・クレティカ

今回は「今月の花」としては少し難しいですが、学名の話です。

ヒトが知る生物の種(しゅ)にはすべて、学名というラテン語の名前がつけられています。また種をまとめる上位のランクとして科(か)がある、ということもこのサイトを毎月ご覧のみなさんはご存じのことと思います。科も、私たちがバラ科とかキク科とかと呼ぶように日本語の呼び方もありますが、正式にはラテン語で表します。また種名や科名を付けるためのルールとして、植物については国際植物命名規約があります。
例えば上記のバラ科はRosaceaeで、基準属はRosa(バラ属)です。キク科はAsteraceaeで基準属はAster(シオン属)です。このように科名は基準属と呼ばれる代表の属から名付けられることが多いのですが、時にはややこしいことも起こります。
カキノキ(Diospyros kaki)が含まれるカキノキ科はラテン語ではEbenaceaeと言いますから、基準属はEbenusのように思えます。しかし実際のEbenusは、今回紹介するエベヌス・クレティカのようにマメ科の植物です。

カキノキ科植物のEbenusはKuntzeによって1891年に発表されました。しかし、リンネ(Linnaeus)がそれ以前の1753年にマメ科の植物に対して命名し発表しています。学名は基本的に先に発表された方が優先されますから、カキノキ科植物の方にはEbenusを使うことはできないわけです。このカキノキ科植物は、現在はDiospyros属の一種に分類されています。
では、Ebenusがカキノキ科でないのなら、なぜ今でもカキノキ科を命名規約に合法なDiospyraceaeではなくてEbenaceaeと呼ぶのかというと、従来使用されている呼び方を正しい呼び方に改めると混乱するので、取り決めた上で使用してもよいことになっているからです。これを保存名といいます。もちろん、Diospyraceaeを使用しても構いません。

以上のことを知った時に、筆者のような植物屋にとって馴染みのEbenaceaeを本当はEbenaceaeではなくしたマメ科のEbenusとはどんな植物だろうかと思い、海外の植物園から種子を入手してみました。エベヌス・クレティカは種形容語のcreticaの通り、クレタ島に特産の小型の低木です。写真のように桃色から薄紫色の美しい花を咲かせることから、観賞用に栽培されることもあります。当資料館で栽培している感触では、地中海原産の植物にありがちな乾燥好きで日本の湿気が苦手な、どちらかといえば気むずかしい植物のように思えます。

因みに、マメ科はFabaceaeですが、基準属のFaba(ソラマメ属)はVicia(ソラマメ属)に含まれることになってしまったので、今ではFabaという植物はありません。これも、なんだかややこしいことです。